無事帰国

  • 2012/09/28(金) 05:54:42


今回の出張は目的が多数であったためハードでした。
緊急案件も含まれていたので昼に会って話した相手と夕方にはまたテレコンをしたり、それを日本に報告、指示をしていると寝るのが夜中の3時ということもあるので時差を通り越していました。
ただ食事は今回充実していたので体力的には問題ありません。
っていうか太って帰ってきました。

写真は仕事で行ったボーイング社の撮影可能ポイントから撮った完成機を並べているフライトラインと呼ばれるエリアの様子です。

よく見ると遠くにおもちゃのように機体が並んでいます。
このフライトラインに入るには派手な蛍光イエローのジャケットを着るのが義務ですが滅多に行かない私にも新品をタダでくれちゃうところなどやっぱりこの会社は景気がいいんだなと思いました。

シアトルにはマイクロソフト本社もありスターバックスやらボーイングやら有名企業もあるのでアメリカのなかでも特別かもしれません。
少なくても宿泊したベレビューという街の中はここ数年どんどん景気が良くなているように見えました。

予定通り今日帰国しすぐに入院先の手術が終わった母親に会いに行った。
遅かったので医者とは話が出来なかったが無事に済んだらしい。

おなかを切るかもということだったが大事に至らず内視鏡手術で済んだのでまずはひと安心。

心配事

  • 2012/09/25(火) 08:59:09

一週間の予定でシアトルに来ています。
出発間際の成田空港でその日病院に診察に行った母親が
緊急に大腸の腫瘍を取る手術をすることになったと連絡があった。

帰国日が手術の予定で手術前に医者の話や母親の顔を見ることが出来ない。
五日目だが時差のせいもあり夜中に一旦目が覚めるとしばらく眠れない。
今は予定通り仕事が進んでいるのがせめてもの救いです。
本当に今は試練の時なのでしょう。

遠いアメリカではなにもしてやれません。
電話で話をしました。
心配をかけないように気丈に振る舞っているのが声からわかる。

父親を先月亡くしてまたすぐ母親に腫瘍とは
母の心細さや不安な気持ちは相当だろう。

でも負ける訳にはいきません。
今は一刻も遅れることなく手術中もしくは手術後の母に会いに行く。
ただ、それだけです。

親の死というものは

  • 2012/09/17(月) 23:26:47


こんなにも悲しいとはその時、その瞬間がくるまで気付きませんでした。
ちょうどひと月前に父親が亡くなりました。

最近はブログの更新をする気にもなれず、今父の死についてこのように書いていること自体にまだ違和感があります。
なんていうのかわかりませんが言葉や文字にはなかなか言い表せない気持ちが続いています。

住み慣れた町を離れてこの十年間自分たちと暮らしていました。
もう自分もいい歳です。
その親は当然老いていくのはあたりまえであり、
その親と暮らしていればいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたつもりでした。
しかしそれはあまりにも急でした。
体調を崩し入院し一週間もしないで逝ってしまいました。

もっと時間があると思っていました。
もっと話が出来ると思っていた。
そんなに簡単に死ぬわけがないと思っていた。

父親の朝顔は九月の中旬が過ぎてもいまだに花をつけています。
庭のトマトも実がなります。
子供と水やりをするのが日課になりました。